兄弟 |
僕には双子の兄弟が居たんだ。僕がまだずうっと小さい頃の話だよ。 僕と兄弟はいつも一緒だった。何処に行くのも一緒だったし、同じものを食べて、同じ服を着て、同じ友達が居て、同じように喋って考えた。 彼はもう一人の僕だったし、僕はもう一人の彼だった。 ある日のことだよ。僕と兄さんは交通事故にあったんだ。酷い事故だったよ。 運びこまれた病院の医者は、僕たちのパパとママにこう言ったんだ。 「あなた方の息子さんの一人は既に脳死状態で延命治療でかろうじて心臓は動いていますが、今後意識を取り戻すことはありえません。もう一人の息子さんは脳に損傷はありませんが、臓器の損傷が酷く早急に移植が必要です。脳死状態の方の息子さんを助けることは出来ませんが、彼の臓器をもう一人の息子さんに移植すれば、もう一人の息子さんだけは助けることができるかもしれません。」 パパとママはとても悩んだと思う。でも、最終的に移植手術を行うことを望んだ。だって、それしか選択肢はなかったからね。それが一番良いと思ったんだ。 そうして、僕は一命をとりとめたんだ。でも、一つだけ問題があった。僕は自己のショックで記憶を無くしていたんだ。僕には僕が誰なのか判らなかった。 この記憶喪失は僕の心だけでなく、もう一つの問題を引き起こした。それは、生き残ったのが双子の内のどちらだったのか? ということだ。僕たち兄弟は何もかも同じだったので、パパやママでさえ見分けることが出来なかったんだ。 記憶が戻れば何とかなるだろうと思ったけれど、僕の記憶は完全には戻らなかった。昔のことはいろいろ思い出したけれど、僕たちはあまりに近しい兄弟だったので過去の記憶の中においても僕たち兄弟の境界はあいまいなままだった。 パパとママは、僕を弟のアルフレドと呼ぶことに決めた。兄が弟のために犠牲になったと考える方が望ましかったのだろうと思う。だから、僕は弟になった。 それから何年もたって、僕もずいぶんと成長したし、日々の生きるという行為の中で曖昧な過去の記憶よりも、今現在の僕という存在自体が、僕が僕であるということを足らしめていると思えるようになった。だから、今の僕は、僕が本当に弟のアルフレドだったのかどうか心を悩ませるようなことはない。 でも、ときおりこうして死んでしまった僕の兄弟のことを考える。幼き日に彼はもう一人の僕であり、僕がもう一人の彼であったように、今でも僕は同時にもう一人の彼なのだ。あの日、彼が死んだ時もう一人の僕も死んだ。だけど、僕が生きている限り、もう一人の彼も生き続けている。 |
2003/06/30 Mon (No.037) |