アルバム

「これはね先日、交通事故で亡くなられた夫婦の遺品の中から買い取ったものなのだけどね、なかなかこれが興味深い一品なんだ。」といって彼は私に1冊のアルバムを手渡した。そのアルバムはごく在り来たりのアルバムで表紙に手書きの文字で「かなの成長記録」と書かれていた。

「面白いのはその中身だよ。観てみたまえ。」

言われるままに私は表紙を捲った。1ページ目には四つ切の写真が1枚貼られていた。それは空のベビーベッドの写真で、写真の下には手書きのキャプションが添えられていた。「かな 生後2週間。初めてのお家」

次のページには「かな 初めてのお風呂」とキャプションの添えられた、にこやかに笑う母親らしき人物と湯の張られた新生児用のバスタブの写真。「かなと散歩」というキャプションの写真は先ほどの女性が無人のベビーカーを押して歩いてる写真だった。

怪訝な顔をした私に彼は「ふふっ、なかなか興味深いアルバムだと思わないかね?」と言った。

私はページを捲っていった。着飾った母親らしき人物だけが写ってる七五三や入学写真。不自然に間を開けて、丁度真中に子供一人が立っているかのような空間を開けて取られた家族旅行の夫婦の記念写真。誕生日、クリスマス、遠足、運動会、卒業写真、日常のスナップ。ありとあらゆる写真があったが、どれ一つとして写真の主役である「かなと呼ばれる娘」の写っているものは無かった。

私はアルバムから顔を挙げて彼の顔を見た。恐らく訳が判らないというような顔を私はしていたのであろう。彼も少し困ったような顔をしてこう言った。

「これは一体どうしたことかと僕に訊かれても知らないよ。おおかた妄想癖の強い夫婦が居もしない娘の写真を撮って慰めあって居たというところだろう。」

アルバムの最後のページには結婚写真が貼られていた。もちろん、写っているのは実直そうな青年が一人だけだった。

2002/10/12 Sat (No.033)

 

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