童話

昔、ある処にケチンボで有名な金貸しが居ました。彼には美しい妻と娘が居ました。彼は妻と娘をとても愛して居ました。だけど、彼はケチだったので妻や娘に喋り掛ける優しい言葉を勿体無いと思うようになりました。何故なら、言葉は喋ったとたん空気の中に溶け込んで何処にも無くなってしまうからです。このような美しい言葉をむざむざ無くしてしまうのは惜しいことだ。と金貸しは、妻への愛の言葉や、娘への慈しみの言葉を、妻や娘に語り掛けるのを辞めて、紙に書いて金庫に貯め込む様にしました。金貸しは妻や娘の愛を確かめるように紙に記しては金庫へ仕舞います。金庫の中はあっという間に愛の言葉で一杯になりました。金貸しはその具合を見ては喜びました。

しかし、その一方で優しい言葉を掛けられなくなった妻と娘は、だんだんと痩せ衰えて病気になってしまいました。金貸しは偉いお医者様や高価な薬を妻と娘に与えました。しかし、妻と娘のの容態は悪くなるばかりでした。妻は金貸しにこう言いました。「あなたを愛しているわ」。そして十日後に妻は死にました。娘は金貸しに言いました。「お父様、私はお父様のことが大好きでした。」その五日後に娘は死にました。

金貸しは嘆き悲しんで三日三晩泣き明かしました。そして涙の枯れた四日目の晩、金貸しは金庫を空けて中一杯の愛の言葉が記された紙を手に取りました。傷ついた心を愛の言葉で癒そうと思ったのです。しかし、金貸しはその紙に書かれた言葉を読んで驚きました。紙一杯に記された愛の言葉は全て嘆きと呪詛の言葉に変わっていたからです。

それから何年か経ちました。妻と娘を失った金貸しは気力を失い、たくさんあったお金も広い屋敷も全て失ってしまいました。落ちぶれた金貸しはあばら家のベットの上で病気で寝込んでいます。金貸しはケチだったので誰も助けてくれる人は居ないです。金貸しはもう自分の命が長くないことを知っていました。でも、それを怖いとは思いませんでした。金貸しにはもうお金も着る服も食べるものすら残っていませんでした。けれど、金貸しの心の中には妻と娘の今際の言葉だけはずーっと消えずに残っていました。金貸しはその言葉だけでどんな服装や食事も敵わない安らいだ心を手に入れることができたのです。金貸しは死ぬ間際になって理解しました。金貸しは昔、喋った言葉は空気の中に溶け込んで消えて無くなってしまうと考えていました。でも、それは間違いだったのです。言葉は相手の心の中でその輝きを曇らせることなくいつまでも残るのです。金貸しの心の中に妻と娘の言葉が今でも残っている様に。金貸しは泣きました。どうしてもっと妻や娘に語り掛けて挙げなかったのだろうかと。どうして、妻への愛を、娘への慈しみをそのまま語ってあげなかったのだろうかと。そうすれば妻も娘も失うことは無かったであろうに。

やがて、金貸しは死にました。しかし、その顔は安らかな顔でした。

1999/07/20 Tue (No.006)

 

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