思い出の女

私の記憶の中には一人の女性が住み着いているのです。

彼女の一番古い思い出は私がまだ学校に上がる前のこと。私の祖父の葬儀の晩、まだ祖父の死を良く理解できずただ何時もと異なる我が家の様子に呆然としていた私の隣で、私の手を握り泣いている女性がいるのです。その女性は二十歳前後ぐらいでしょうか。色の白い華奢な女性でした。私はその泣いている女性の事を未だに鮮明に記憶しているのですが、後に両親や祖母に聞いても、葬儀の晩に私の横にその様な女性は見ていないと言うのです。

私が次ぎにその女性を見た記憶は、私が中学生になってからのことです。その日、私は理由は良く憶えていないのですが酷く悲しい気持ちで川縁に座り込んでいました。余りにも悲しくて涙が出そうになった時、何時の間にか私の隣にあの時の女性が座っており、ハンカチを差し出してくれたのです彼女は祖父の葬儀で見た時と何ら変わらない若々しい姿のままでした。

其れから、何か私の回りに大きな出来事が起きたり、私の心に大きな動揺があった時には必ず彼女が現れる様になりました。不思議な事に何年経っても彼女は一向に歳を取らず二十歳前後の姿のままなのです。また、後になってその場に居合わせた人間に聞いても、誰一人その女性を見たという人はいないのです。何度も、次ぎに彼女に出会った時は彼女に何物であるのか尋ねようと思いました。しかし、出会った時にはそのことをすっかり忘れているのです。いや、もっと正確に言うなれば、尋ねれば良かったと後になって思うのです。彼女については何時もそうなのです。私は彼女が不思議な存在であることを知っています。それは幽霊や物の怪の類なのか、或いは私の妄想なのかは定かではありませんが、私が子供の自分から歳を取らぬ人間などいる訳はないのですから。なのに、私は彼女と出会っている間は何とも思わないのです。会っているという意識すらないのかもしれません。何故なら、私が彼女の事を意識するのは後になってから。あぁ、あの時彼女はいたのだ。と思い出すことによってのみだからです。

1999/07/20 Tue (No.004)

 

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